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zoom RSS ●第17種 北尾吉孝 (2009) 『君子を目指せ小人になるな』

<<   作成日時 : 2009/05/21 17:54   >>

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『君子という言葉で象徴される人物の涵養(かんよう)(p.12)』を中国古典から感じ取るための一冊です。涵養(かんよう)とは、自然に水がしみこむように徐々に養い育てること。【広辞苑第5版より】

「私の古典ノート」と表題の頭に添えられているように、碩学実業家として知られるSBIの北尾氏の中国古典の解釈をわかりやすくまとめたものになっています。原典から読み出せばもっと深い感慨があるとは思いますが、中国古典の広域に触れることができます。

いかに己を知るか。
いかに生きるか。
いかに学ぶか。
いかに人と関わるか。

「人格を磨く」ヒントとなる言葉が満載です。

東洋哲学の基本は、まず自分を変える。ということだということを再認識することができました。
自分を変化させ、その影響力で他者を引き込んでいく。
実践を通して、ふりかえりながら自分自身を高めていく。


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▼ 厳選アンダーライン ▼
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「自得」
人間は自得から出発しなければならない。人間いろんなものを失うが、何が一番失いやすいかというと自己である。根本的、本質的に言えば人間はまず自己を得なければならない。人間はまず根本的に自ら自己を徹見する、把握する、これがあらゆる哲学、宗教、道徳の根本問題である。(p.40)


「人を知るものは智なり、自らを知る者は明なり」
人を知るのは智者に過ぎないが、自分を知るのは最上の明(明智)とすべきことだ。
それほど、自分を知るのは難しいということです。(p.41)


「命を知らざれば、持って君子たること無きあり」
自分の中にどういう資質があり、能力があり、これを開発すればどういう自分をつくることができるか、それが「命を知る」「命を立つ」ということです。そのためには、人間学を勉強し、徳を修めなければなりません。(p.45)


すなわち小人とは、自分のことだけしか考えず、他のために尽くすことができない人、小人者を指します。(p.58)


知るということ
自分で見て確かめ、考えて本当に知ったことを「知る」という。そうではなくて、世間一般の常識や情報に従っただけで、自分でははっきり考え抜いたわけではない知識は知るとは言わない。この2つを吟味することが「知る」ということなのだ。(p.87)


人間を自然に溶け込ませて観察し、思索する。
人間の中に自然を見、自然のなかに人間を見る。
人と自然と渾然一体となって観察し認識する。
これが東洋の自然観です。(p.210)



君子を目指せ小人になるな―私の古典ノート
致知出版社
北尾 吉孝

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